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第110話!超電導試験機の開発に携わる!機械エンジニアから英国最古の金融機関へ! [私はこうして起業した!40年で総資産5億円超に!]

01Jul2022-1.jpg本日の「私はこうして起業した!40年で総資産5億円超に!」第110話は、「超電導試験機の開発に携わる!機械エンジニアから英国最古の金融機関へ!」をお送り致します。


写真の装置は、現在リニア新幹線などで使われている超電導磁石は、超電導材料としてニオブチタン合金が使われていますが、この装置はこうした合金を作る為に複数の種類の金属素材を組み合わせ合金を作る為の実験装置です。


この当時は、日本の中小企業技術力がかなりあり、私も宇宙衛星の部分設計を頼まれた事もあり、これが縁で当時最先端の超電導試験機の開発と設計・製造を頼まれました。


その後、1972年(昭和47年)9月 に田中角栄が日米首脳会談後に中華人民共和国を訪問し、北京で周恩来首相や毛沢東共産党主席と会談後の9月29日、両国の共同声明により日中国交正常化が実現しました。


今思い起しますとこれが、日本の製造業を衰退させ、技術立国日本を衰退させた最大の原因だと私は思います。当時私の会社はJR浅草橋駅から蔵前方向に3分程歩いたビルの中にあり、私は江戸時代から続く花柳界柳橋の中に住んでいました。


時々、田中角栄総理大臣が良くお見えになり、柳橋の稲垣と呼ばれる高級料亭に総理が来ると大量の黒塗りの車が近くの道路に溢れており、その数を数えてみると70台も来もありました。


それ程日本経済は活気があったのは、日本の製造業と中小零細企業が日本の富を稼ぎ出していたからです。しかし、田中角栄総理大臣は日中国交正常化を理由に、中共の思惑通りに日本のお金や技術を流出させていたのです。


中小零細企業の経営者がチャイナに招待され、過剰な接待を受けながらチャイナに投資をして工場を作り、大切な技術やノウハウを教えてしまうと言う愚行をしていました。


結果的に、投資した資本や設備などは、チャイナ共産党の所有物にされ、投下資本も設備した機械も持ち帰る事が出来ないばかりが、冤罪を掛けられ現地で逮捕拘禁され、多額の罰金を支払わされて帰って来る現地法人経営者が多数いました。


こうした状況から、日本の製造業は衰退すると見て、その逆に、当時金融の国際化で莫大な資金が流れる事が予想された為に、この関係の仕事が取れるのではと予想し、この分野の仕事を取りに行きました。アポを取り訪問してみると、通信機器の仕事ばかりでこれは無理そうだと諦めていると、訪問した会社から電話が来て直ぐに来て欲しいと言われました。


喜んで行ってみると、仕事の話はいつの間にかに弊社に来て欲しいと言うスカウトの話に変わり、「今月中に今いる会社を辞める手続きをして来月から来て欲しい」とズバリ言われました。


社内は外国人ばかりですから、「私は英語は話せません」と言うと、「会社で英語の教師を来させるので心配はいらない」と言われ、報酬も初年度は、年収ベースで500~700円と言われ実績次第で増えるそうです。


私は、英語が話せる様になる事が自分の将来に有利になるし、世界的活動できる事、これまでの業界と違い利益率の多い仕事でこれから大きく成長すると思い、先行きが暗い今の仕事を辞め転職を決意いました。

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