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英霊の遺骨収集で激戦の島に入ると戦場そのものが!第69話 日本軍は強かった! [私はこうして起業した!40年で総資産5億円超に!]

03Aug2021-1.jpgコロール島からボートでペリリュー島へ渡ると、銃を持ち武装している人達が居たので何故かと思うと、パラオの大統領が日米の遺骨収集団を歓迎する為に先に来ており、その警備の人達だと言う事が分かりました。


写真はジャングル内に不時着したゼロ戦の残骸で、機体の状態を見るとジュラルミン製のボディは全く腐食しておらず、翼などの空気抵抗を極限まで減らす為に、リベットなどは凹凸が出ない様に丁寧に磨かれているのを見て驚きました。


03Aug2021-2.jpgご覧の写真は、日本軍に撃墜されたアメリカの爆撃機B29のエンジンで、機体の大きさは現在のジェット旅客機とほぼ同じ位で、ゼロ戦と比較すると作りがかなり雑で、4基の巨大なエンジンのパワーで無理やり飛んでいるいるのではないかと思える程でした。


03Aug2021-3.jpgアメリカ海軍の軍艦の艦砲射撃でこの小さな島に85万発の砲弾が撃ち込まれましたので、ジャングルの草木は砲弾の爆風で吹き飛ばされ隆起サンゴ礁の地面が露出した荒野と化していたそうで、草木に隠れる事は出来なかったそうです。


写真のものは軍艦が砲撃したものの爆発せず不発弾となったもので、軍用の火薬はプラスチックの様なものですから湿る事は無く現在でも爆発する処かブランデーと同様に火薬が熟成しているので、当時よりも爆力が上がっていると言われました。


遺骨収集をしていると、砲弾や手榴弾など掘れば掘る程出て来ますので、万一爆発したら即死か仮に助かってもここには満足な病院がありませんから、重症者はグアムまで運ばないとダメだそうです。


それよりも、英霊の皆さんを一刻も早く日本へ帰してあげたいと言う気持ちが強く、万一不発弾が爆発したら、英霊が一緒に死のうと言っているんだ程度にしか感じませんでした。


02Aug2021-1.jpg私が手に持っているのは、日本軍の迫撃砲弾の不発弾でこれも爆発する危険性があります。


熱帯のジャングルは暑く、3時間もすると汗で上着もズボンもずぶ濡れになり、体力の消耗は激しく、氷砂糖を舐めたり、ブドウ糖を固めたタブレットを食べると体力が復活しました。


午前中出ると昼に宿に戻り、シャワーを浴びて昼食を取り、服を取り換えてからまた午後に別の場所で遺骨収集を夕方まで続けました。


現場には、当時の戦場がそのまま残されており、艦砲射撃で瓦礫だらけで、当時の大きな釜があり、それが砲撃の破片で穴だらけなのを見て、これじゃあご飯何て食べられないと感じ悲しくなりました。


時々休憩しながら、当時アメリカ海軍に従軍されていたアメリカ人の元兵士が、当時の状況を話して下さり、日本軍は、昼間は静かに戦闘豪に隠れていて姿を見せないが、夜になると夜襲を仕掛けて来たそうです。


また、行軍していると、何処から撃って来るのか分からないまま狙撃され死ぬ兵士が多く、とても怖い経験をされたそうです。


しかし、当時この激戦に立ち向かった日本兵は12,000名と言われ、攻めて来たアメリカ兵は45,000名余りだそうで、アメリカは物量戦ですから、補給を断たれた日本軍は本土を空襲を避ける為に、夜叉となって戦ったそうです。


長くなりますので、次回70話に続きます。

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